あわい

知識 文/みおつくし 2026年8月28日 公開

「気持ちいい」は皮膚で起きていない——快のしくみを、研究から読む

想像だけで達したオーガズムは、性器刺激によるものと生理指標で同等でした。触れ方が同じでも、誰に触られていると思うかで感覚野の反応が変わります。快がどう組み立てられているのかを、査読研究から読み解きます。悩みの解決ではなく、しくみの話です。

1992年に発表された研究に、こういうものがあります。想像だけでオーガズムに達せる、と自分で申告した女性を集め、実際に想像だけで達してもらって、そのときの生理指標を測る。収縮期血圧、心拍数、瞳孔の直径、痛みを感じ始める閾値、痛みに耐えられる閾値。

結果は、性器への刺激で達したときと、ほぼ同じ大きさの変化でした。論文の結論はこうです——身体的な性器刺激は、オーガズムと報告される状態を生むのに必要ではない。

示されたのは「誰にでもできる」ではありません。できると言う人たちのなかで、想像だけの到達が、性器への刺激による到達と同じ大きさの生理変化を起こしていた——言えるのはそこまでです。

そこまででも、十分に大きな話です。どこを触るかは、快が起きるための必要条件ではない——ここから先は、その一点を追いかけます。

この記事は、困りごとの解決手順ではありません。扱うのは快がどうやって組み立てられているのかという、その手前のしくみです。そのうえで、しくみから直接引ける「今日動かせるもの」は五つあります。記事の後半に表にしているので、手順だけが要るならそこまで飛ばして構いません。

ただ、しくみが分かると変わることがあります——うまくいかなかったときに「自分が悪い」と考える必要が、どこで無くなるか。この記事は、その線を引くために書いています。痛みがあるとき、薬を飲み始めてから変わったときは、しくみより先に婦人科か処方元へ。

快は、触られた場所では完成していない

脊髄を損傷した女性5名を対象にした研究があります(2004年)。うち4名は完全損傷で、性器からの信号は脳へ届かないはずでした。それでも5名全員で延髄の一部が活性化し、スキャン中に3名がオーガズムに達しました。研究者は、迷走神経が脊髄を迂回する経路を提供していると結論しています。

一方で、感覚の入り口はきちんと脳に地図として存在します。2011年の研究では、クリトリス・腟・子宮頸部への刺激が、それぞれ別の場所の感覚野を活性化させました。しかも、乳頭への刺激が性器の感覚野を活性化していました。乳首が性感帯として語られることに、脳の地図の側から説明がつくわけです。性器から離れた場所が、性器の区画につながっている——どこが効くかを性器の周辺だけで探さなくていい、ということでもあります。

つまり、入り口は複数あって場所ごとに分かれているのに、出口(快そのもの)は脳で組み立てられている。触られた場所で完成しているのではありません。

同じ触れ方でも、感じ方が変わる

これを最もはっきり示したのが2012年の実験です。

この節が見ている研究
対象
異性愛の男性
やったこと
撫でる人の性別について、参加者に違う説明をする。実際に撫でるのは常に同じ一人
測ったもの
一次体性感覚野の反応(触覚を最初に受け取る領域)
結果
物理的な刺激が同一でも、信じている相手によって反応が変わった
限界
参加者は異性愛の男性。性別や指向を越えて同じかは未判定——未判定は「当てはまらない」という意味ではない

参加者は「男性に撫でられている」または「女性に撫でられている」と信じさせられます。しかし実際に撫でているのは、常に同じ一人の女性でした。物理的な刺激は完全に同一です。

それでも、一次体性感覚野の反応が、信じている相手の性別によって変わりました。感情や解釈の話ではなく、感覚を最初に受け取る領域の反応が変わったのです。

ただし、この実験の参加者は異性愛の男性です。同じ設計で女性を対象にした研究は、この記事では見つけられませんでした。ここから持ち帰れるのは、触覚を最初に受け取る段階が文脈で動く回路がヒトにあるという事実までで、その動き方が性別や指向を越えて同じかは未判定です。ただ、未判定は「当てはまらない」と分かったという意味ではないので、この先を自分に関係のない話として読み飛ばす必要はありません。

「文脈で感じ方が変わる」というのは、気分の問題として語られてきました。感覚そのものが動いているのか気分のほうが動いているのかは、脳の反応を測るまで切り分けられません。それができないあいだ、説明は目に見える側、つまり気分のほうへ寄せられてきたわけです。この実験が示したのは、変化がもっと手前——感覚の処理そのものの段階で起きているということです。だから、同じ触れ方なのに日によって違う、という実感は、少なくとも気の持ちようの一言で片づけられる話ではありません。その動き方が自分にどう出るかまでは、まだ測られていない——未判定なのは、あなたではなく研究のほうです。

快の速度は、線維のレベルで決まっている

もうひとつ、具体的な数字の出る研究を。

有毛の皮膚には、無髄のC触覚線維という神経があります。2009年の研究によれば、柔らかいブラシで撫でたとき、この線維が最も強く発火するのは秒速1〜10センチのとき。そしてその速度が、実際に最も快いと感じられた速度でした。有髄の線維には、この対応が見られませんでした。

ゆっくり はやい 秒速1〜10センチ ← この範囲で、C触覚線維が最も強く発火する
快さの評価が最も高かったのも、同じ範囲だった。有髄の線維にはこの対応が見られない。

秒速1〜10センチというのは、かなりゆっくりです。「ゆっくり撫でられると気持ちいい」というのは感想ではなく、どの線維がどの速度で反応するかという構造の話だったわけです。これが感想の側に置かれてきた理由は、この研究の年号にそのまま出ています——速度と快さの対応が、線維のレベルまで降りて測られたのが2009年です。撫でる速度で快さの評価が変わること自体は、その10年前の実験が、顔と腕で、布の素材と速度(秒速0.5・5・50センチ)を変えながら測っていました。ただ、そこで分かるのは評価が動くというところまでで、その速度をどの線維が運んでいるのかまでは降りられません。構造に名前が付くまで、速度は好みの名前で呼ばれます。

アクセルとブレーキ——「リラックスすればいい」は正確ではない

ここは、よく言われることが研究と食い違っている部分です。

この節が見ている研究
対象
性機能に問題のない女性52名
測ったもの
交感神経の活動と、性器の反応
結果
逆U字。中くらいのときに最も高く、低すぎても高すぎても下がる
限界
横断研究。どちらが原因かは言えない——環境を動かせば反応が上がる、という順番の保証にはならない

性機能に問題のない女性52名を対象にした2012年の研究では、交感神経の活動と性器の反応が逆U字の関係にありました。論文は「最適な水準がある」と書いています。

ゆるみきる ちょうど 緊張しすぎ 反応 最適な水準
「リラックスすればいい」が正確でないのは、左端も下がるから。緩みきった状態は、緊張しすぎと同じように反応を下げる。

つまり、完全にリラックスすればいいわけではありません。緊張が強すぎるのも良くないけれど、まったく緩みきった状態も同じように反応を下げます。

では自分がどちら側にいるのか。研究が答えているのはここまでなので、ここから先はわたしの整理です。頭が別のことへ流れる・眠い・どうでもよくなってくる、なら左(ゆるみきる側)。からだが固い・時間や音や人の気配が気になる、なら右(緊張しすぎ側)。

左なら、部屋を暖める。湯に入ってから始める。同じ場所を同じ速さで続けているなら、速度か場所のどちらかを一つだけ変える。右なら、一度手を止めて、いちばん気を引いているものを一つ片づける。どちらも、気持ちを入れ替えようとするより、環境か刺激をひとつだけ動かすほうが早いです。

ただしこの研究が測ったのは、交感神経の活動と反応が同時にどうなっていたか、というところまでです。環境を動かせば反応が上がる、という順番までは示していません。動かしてみて何も変わらなくても、外れたのはその順番のほうです。

もうひとつ、性的反応は「アクセル(興奮)」と「ブレーキ(抑制)」の両方の相互作用で決まる、という枠組みがあります。この枠組みを整理した2009年の総説は、アクセルもブレーキも男女ともほぼ正規分布に近い形でばらついていること、そして「普通の水準の抑制のかかりやすさは適応的である」という考えを支持する、と述べています。ブレーキがかかりやすいこと自体は、故障ではなく個人差の幅の中にあります。ただし、この総説が「適応的」と呼んでいるのは普通の水準の抑制で、ばらつきの端にいる人まで同じだとは言っていません。自分は端のほうだと感じるなら、この記事の材料ではそこから先に進めません。痛みや薬のときと同じで、そこから先の手がかりは婦人科の側にあります。

ブレーキのかかりやすさを故障だと感じてしまうのは、性の説明がずっとアクセルの側だけで組み立てられてきたからです。ブレーキの強さに個人差があることも、その差が正規分布に収まることも、測る言葉ごと読者の手元に渡ってきませんでした。緊張をほどけば足りるという助言も、逆側——緩みすぎても下がること——が抜けたまま広まっています。

関連して、2006年の研究では、性的な不安とは無関係な単なる注意負荷(数字のペアを処理させるだけ)で、性器の反応が低下しました。主観的な興奮のほうは、あとから振り返って答えてもらうと同じように低下した一方、その最中にリアルタイムで答えてもらうと影響がありませんでした。そして性器反応の低下は、性的な問題を抱える群(20名)と抱えない群(21名)で差がありませんでした。気が散ると感じにくくなるのは、誰にでも起きることです。ただし、ここで数えられているのは、注意を奪われているほうの状態です。気が散っていないのに感じにくい、という場合は、このあとの片づけでは動きません。理由は注意の外側にあります。

だから最初に効くのは、気持ちを立て直すことではなく、注意を奪っているものを一つ物理的に片づけることです。スマホを別の部屋に置く。時計を伏せる。鍵をかける。生活音の上に音楽をかぶせる。明日の予定のように消せないものは、消そうとせず、紙に一行だけ書いて閉じる。全部を消す必要はありません。いま、いちばん強く引っぱっているものを一つで足ります。

注意の外側にあるものを、この記事は扱っていません。痛みが無く、注意も向いているのに感じない、一度も達したことがない、という場合も同じです。それは異常の徴候ではありません。この領域は研究そのものが薄く、答えが用意されていない問いのほうが多い——欠けているのはあなたの側ではなく、資料の側です。読むものを探すより先にできることがあるとすれば、まだ一度も試していない入り口のほうを数えることです。この記事の後ろに、その五つを表にしています。

では、どこからが婦人科の側の話か。目安は、その表の五列をそれぞれ一度ずつ引いてみたあとです(一度に全部ではなく、別の日に一列ずつ)。そこまで通っても変わらないとき、薬を飲み始めてから変わったときは、婦人科か処方元が最初に当たる窓口になります。痛みがあるときだけは、五列を待たずに先に行ってください。切り出し方は、症状の言葉だけで足ります。「性交のときに痛みがあります」「この薬を飲み始めてから変わりました」「感じにくさが気になります」。いつからかを添えれば十分で、事情や気持ちを説明する義務はありません。声に出しにくければ、この一行を紙に書いて渡しても構いません。

個人差——ミリ単位の構造は、まだ数えきれていない

クリトリスの神経線維の数は、まだ確定していません。数え方そのものが研究によって違い、2023年と2024年で出てきた数は倍近く開いています。

解剖の個人差が感じ方と関係する、という報告もあります。2014年のMRI研究は、オーガズムに達しない10名と達する20名を年齢と体格で対応させて比べ、亀頭部の面積や、亀頭から腟腔までの距離に群間差を見つけました。ただし30名の横断研究なので、因果は言えません。「距離が長いから感じにくい」と読むのは行き過ぎです。

それでも、この方向の研究が示していることは一つあります。感じ方の違いは、気合いや相性の前に、まずミリ単位の構造の違いとして存在している。そしてその構造を、まだ誰も正確には数えきれていない。

感じ方の違いが気合いや相性の側で説明されてきたのは、構造の側に渡せる数字がまだ無かったからです。数えられないものは説明の材料にならないので、理由の席は、測らなくても言えるほうの言葉が埋めます。

ここで手が止まらないように、一つ付け足します。構造は変えられませんが、ここまでに出てきた入り口——乳頭への刺激が性器の感覚野を動かすこと、有毛の皮膚に快さを運ぶ線維があること、受け取る段階そのものが文脈で動くこと——は、どれもミリ単位の形とは別の層の話です。構造の違いが分かったからといって、試せる場所が減るわけではありません。だから確かめる順番は「自分は合っているか」ではなく、「どこがまだ一度も試されていないか」のほうだと、わたしは整理しています。

ひとりのときに動かせるのは、手の動きだけではない

ここで、冒頭の研究に戻ります。想像だけで達した人のからだで起きていたのは、触られていないのに脳が快を組み立てた、ということでした。ここまで見てきた三つ——入り口が複数あって性器の周辺に限られないこと、受け取る段階そのものが文脈で動くこと、注意を奪われれば誰でも下がること——は、全部そこに接続します。

だから、ひとりのときに動かせるのも、手の動きだけではありません。ひとつは、触る場所を性器の周辺に限定しないこと——乳頭への刺激が性器の感覚野を動かす、という地図が実際にありました。もうひとつは、手を動かすことと同じ重さで、頭の中に何を置いておくかを先に決めておくことです。

頭のほうの決め方は、こうです。その場で探さない。 始める前に一つだけ決めておいて、今日はそれ一本でいい。置くものは何でも構いません——前に一度よかったときの記憶でも、読んだ話や見たものの一場面でも、実在しない設定でも、「急がなくていい」のような言葉ひとつでも。効いているのは中身ではなく、その場で探す作業に注意を取られていない状態のほうだと、わたしは整理しています。さっきの研究が測ったのは、性的な内容と関係のない注意負荷でも性器の反応が下がる、というところまでです。先に一つ決めておけば上がる、という順番までは測られていません。決めておいて何も変わらなくても、外れたのはその順番のほうで、置いたものの中身でも、思い浮かべる力でもありません。

いま何も思いつかないなら、今日は頭に置くものを飛ばして、気を引いているものを一つ片づけるほうから始めて構いません。そのうえで、置くものは別の日に決めます。ふだん読むもの・見るもののなかに、性的な場面かどうかと関係なく「ここだけ何度も戻ってしまう」一場面があれば、それで足ります。文章の数行でも、映像の数秒でも、実際にあった一場面でも構いません。そもそも「ふだん読むもの」に見当がつかないなら、形式のほうから決めて構いません。文章(小説やマンガ)、音声、映像——ひとりで完結して、途中で止められる形式を一つ選ぶ。履歴のほうは、探し方を先に決めておけば片づきます。ブラウザで探すなら、プライベートウィンドウで開く(閉じれば履歴にも検索候補にも残りません)。電子書籍は、買ったものが端末の本棚に並びます。端末を誰かと共有しているなら、その端末では買わないほうが早い。音声や映像は、再生履歴をオフにできるサービスのほうを選ぶ。どれも最初の一度だけ決めておけば、次からは迷わずに済みます。見つけたら一行だけ書き留めておいて、次のときはそれ一本でいきます。

動かせるものは、五つあります

ここまでに出てきた材料を並べ直すと、こうなります。

記事のどこで出たか今日変えるなら
① 場所乳頭への刺激が性器の感覚野を動かした性器より先に、乳頭・首すじ・前腕の内側・背中を一度通る(後ろ三つは有毛部)
② 速度秒速1〜10センチが最も快いと評価された肩から肘まで、手のひらを10秒かけて下ろす(1秒で指2本ぶん)。遅すぎる気がしたら、それでちょうど遅い側です。その遅さを一度からだに入れてから、別の場所へ移す
③ 文脈誰に触られていると思うかで、受け取る段階が動いた頭の中に置くものを、始める前に一つ決める(無ければ、別の日に一つ見つけておく)
④ 注意注意を奪われれば、誰でも同じように下がった気を引いているものを一つ、物理的に片づける
⑤ 緊張交感神経の活動と反応は逆U字だった頭が流れる・眠いなら、部屋を暖める/からだが固い・音や気配が気になるなら、一度手を止める

②の秒速1〜10センチは、腕・首すじ・背中のような有毛の皮膚で測られた数字です。乳頭や性器そのものの速度基準ではありません。

一度に全部は動かせません。 まだ試していない一列を選んで、その日はそこだけ変える。それで十分です。

長さのほうも、うまくいくまで続けるのではなく、先に区切っておきます。たとえば10分。時間が来たら、何も起きていなくてもそこで終わりにする。それより早く眠くなってきたなら(⑤の左側です)、部屋を暖めるか、その日はそこまでにする。何分にするかに根拠はありませんが、終わりが先に決まっていれば、続けるかどうかで迷わずに済みます。何も起きないまま終わっても、それは一列を一度引いた、というだけのことです。採点するためではなく、入り口を一つ増やすための表です。

②について一つ足します。この遅さを一定に保つのは、手より道具のほうが簡単です。振動の強さより、当てる場所(①)と動かす速さ(②)のほうが、ここまで見てきた線維の話には直接つながります。強い刺激で早く終わらせる方向に使うなら、②とは逆側へ行くことになります。使う・使わないはどちらでも構いませんが、選択肢として無いことにはしません。選び方のほうは別の記事にまとめています。

相手がいる日も、動かすものは同じです。①なら、触ってほしい場所に自分の手を置いて「先にこっち」。②なら「もっと遅く」。⑤なら「ちょっと止まって」で、理由は言わなくて構いません。声に出しにくければ、手のほうで足ります——①は自分の手をそこに置いたままにする、②は相手の手に自分の手を重ねて、その速さを一度なぞる、⑤は相手の手にふれて、そのまま止める。

結果は採点しませんが、引いた列だけは残して構いません。「今日は④」と一行で足ります。採点は結果に点をつけることで、こちらは次にどれを引くかの覚え書きです。

年齢について——何が下がって、何が下がらないのか

この節は、いま使う話ではありません。「歳を取れば終わる」という前提を一つ外しておくためだけの節です。その一点だけ持って先へ飛ばして構いませんし、必要になったときに戻ってきても構いません。

加齢で下がるものと下がらないものは、同じ論文の中で分かれています。

この節が見ている研究
対象
地域在住の女性806名(年齢の中央値67歳・閉経から平均25年)
分母
数字を出しているのは、直近1か月に性的に活動的だった401名(相手がいる場合も、ひとりの場合も含む)
結果
興奮64.5%・潤滑69%・オーガズム67.1%が「たいてい以上」。ただし頻度そのものは加齢とともに下がる
限界
大学教育を受けた人が半数を超える、健康状態の良い地域集団。一般化はできない——この割合は、自分が届いているかを測る目盛りにはならない

2012年の研究が数えたのは、直近1か月に性的に活動的だった401名です。相手がいる場合も、ひとりの場合も含みます。閉経から平均25年が経った集団でも、興奮・潤滑・オーガズムはそれぞれ6〜7割が「たいてい以上」の頻度で起きていました。同じ論文は、その頻度そのものは加齢とともに下がったとも報告しています。下がりながらこの水準、という読み方になります。

この数字が数えていないのは、「たいてい以上」に届かなかった人と、活動していなかった人です。同じ401名のうち3分の1は、性欲が低い・とても低い・ないと答えてもいます。ここから読めるのは「歳を取れば終わる」という前提が事実と合っていないことまでで、いま自分がどうかを採点する材料にはなりません。

論文の結論はこうです——興奮・潤滑・オーガズムは高齢まで保たれる。性的な満足度のほうは、年齢が高い層ほど高く、しかもその満足度は性的活動を必要としませんでした。ここは年代を比べた結果なので、加齢で上がる証拠にはなりません。そして興奮や潤滑の頻度と関連していたのは、エストロゲン療法ではなく感情的な近さのほうでした。

頻度そのものについても、別の角度から数えた調査があります。2016年のフィンランドの大規模調査では、中年から定年前後までの女性のほうが、若い世代より性交時のオーガズムの頻度が高いと報告されています。ただしこれも異なる年齢層を同時に比べた調査で、世代の違いと分けることはできません。分けられないまま残るのは、加齢で下がる一方だという前提と、この結果が合っていないという一点だけです。いま自分の頻度が下がっていても、それが遅れている証拠になるわけではありませんし、これから上がると期待していい根拠にもなりません。年齢そのものは動かせませんが、今日動かせるものなら、前の節の表に五つあります。

最後に——快の回路は、性専用ではない

2012年の総説が、この記事の締めにちょうどいい結論を出しています。

性行動に関わる脳の働きは、他の報酬を処理するときと同等である。快は「wanting(求める)」「liking(好む)」「satiety(満ちる)」という、確立された段階を踏む。そして総説はこう書いています——性に特別な脳のしくみやネットワークがあるとは考えにくい。

つまり、おいしいものを食べたときや、音楽に打たれたときと、同じしくみが動いている。特別な回路が別にあるわけではない。

そう考えると、快が文脈で変わることも、注意を奪われると薄れることも、速度に最適値があることも、全部つながって見えてきます。特別なことが起きているのではなく、快というものが一般にそうやって作られている、というだけの話なので。


この記事を、どこまで自分に当てはめられるか

書いてきたことには限界があります。ただ、限界そのものより、それがあなたにとって何を意味するかのほうが役に立つはずなので、そちらを書きます。

当てはまらなくても、異常ではありません。 「欲求→興奮→オーガズム」という順番が定説のように語られますが、正しい形は研究の側でも決まっていないからです。看護師133名に3つの反応モデルを示した2007年の研究では、支持がほぼ同数ずつに割れました。始めてから欲求が来る形のほうが自分に近い、という人もいます。女性404名を対象にした2009年の調査では、逆に直線的な順番のほうが、性機能に困難のない女性に適合していました。順番が違っても壊れているわけではありません。手順として渡されたものは、乗れなかったときに疑われるのが自分のほうになります。どちらのモデルにも自分が乗らないとき、ずれているのは自分ではなく、当てはめようとしたモデルのほうです。

この記事の数字を、自分の採点表にしないでください。 引用した研究は規模が小さいものが多く、脳画像の研究は参加者が5〜18名、神経線維の計数は5名分(2023年)と献体4体の6片側分(2024年)でした。冒頭の1992年の研究のように、「できる」と申告した人だけを集めた研究もあります。こういう規模の研究が示せるのは方向であって、標準値ではありません。とくに年齢の節に出てくる割合は、別の集団を数えた数字で、あなたが届いているかどうかを測るために作られていません。

一方「秒速1〜10センチ」は、標準値ではありませんが、方向としてなら使えます。感覚に直すと、肩から肘まで手のひらを10秒かけて下ろす程度——1秒で指2本ぶんしか進みません。ただし、この数字が測られたのは有毛の皮膚で、C触覚線維はそちらの神経です。性器そのものの速度基準ではありません。たいていの人が思っているより、かなり遅い。合っているかを確かめるためではなく、遅い側を一度通ってみる目安として持って帰ってください。

では性器側は何を目安にするのか。速度で測った研究を、この記事では見つけられませんでした。数字が無いので、代わりに置けるのは順番だけです。まず有毛部で遅さを一度からだに入れてから、そこへ移す(表の①が性器より先に有毛部を通る並びになっているのは、このためです)。移したあとも、同じ場所を同じ強さで続けない。変えるのは強さより、位置と速さのほうから。ここは研究が測ったことではなく、わたしの整理です。

もう一つ、②の遅さを続けるほど、摩擦のほうは増えます。ひりつく・引っかかると感じたら、それは感じにくさではなく摩擦です。潤滑剤を足せば、遅さをそのまま続けられます(水性のものが扱いやすく、少しずつ足せます。選び方は潤滑剤の記事にまとめています)。足しても痛みが変わらないときは、五列を待たずに婦人科へ。

自分で確かめるなら、重いほうからではなく軽いほうから始められます。この記事の研究リンクは、すべて PubMed に直結しています。まずどれか一つ開いて、要旨の最後の数行だけ読む。結論はそこに書いてあります。全文は要りません。

そのうえで自分の困りごとに近い語で引き直すなら、潤滑は lubrication、興奮は arousal、性交痛は dyspareunia。検索語に review を足すと、総説から読み始められます。

ただし、PubMed を開くのはあとで構いません。今日ここから一つだけ持って帰るなら、こちらです——いちばん強く気を引いているものを一つ片づけて、思っているより遅い速度を一度通ってみる。うまくいったかを採点しないで終える。

採点しないでいい理由は、その日の結果があなたについての答えではないからです。 条件が五つあって、そのうち動かしたのは一つか二つです。次に変えるのは自分の側ではなく、上の表のまだ動かしていない一列のほうです。

参考にした資料

  1. Whipple ら(1992)想像によるオーガズムの生理学的指標(Arch Sex Behav)
  2. Gazzola ら(2012)触れる人が誰かという信念が一次体性感覚野を変える(PNAS)
  3. Löken ら(2009)快い触覚を符号化する無髄線維(Nature Neuroscience)
  4. Essick ら(1999)痛みを伴わない触覚の快さを心理物理で測る(Neuroreport)
  5. Komisaruk ら(2011)クリトリス・腟・子宮頸部の感覚野マッピング(J Sex Med)
  6. Lorenz ら(2012)交感神経活動と性器反応の逆U字関係(Psychophysiology)
  7. Bancroft ら(2009)デュアルコントロールモデルの現状(J Sex Res)
  8. Uloko ら(2023)陰核背神経の線維数の組織形態計測(J Sex Med)
  9. Trompeter ら(2012)地域在住高齢女性の性的活動と満足度(Am J Med)
  10. Georgiadis & Kringelbach(2012)性的反応周期と他の快の脳内基盤(Prog Neurobiol)
  11. Komisaruk ら(2004)完全脊髄損傷者の性器刺激に対する脳の応答(Brain Res)
  12. Salemink ら(2006)注意の負荷が性器反応と主観に与える影響(Arch Sex Behav)
  13. Sand & Fisher(2007)女性の性的反応モデルの支持率(J Sex Med)
  14. Oakley ら(2014)クリトリスの形態とオーガズム機能のMRI研究(J Sex Med)
  15. Kontula ら(2016)年代別のオーガズム頻度の反復横断研究(Socioaffective Neurosci Psychol)
  16. Tunçkol ら(2024)陰核の軸索数の組織形態計測(Sci Rep)
  17. Giles & McCabe(2009)直線モデルと循環モデルの適合を比べた女性404名の調査(J Sex Med)